罹災から復旧へ
3月11日(金)午後の大地震、福島県須賀川市の会社から車で15分ほど離れた、須賀川インターそばの蕎麦屋で罹災しました。揺れが始まってからすぐ、店の外に出たのですが、目の前で家の屋根瓦が落ちていく有様を目にし、びっくり。揺れがおさまってから店の中に入ってみたら、ぐちゃぐちゃ。
会社にとってかえしましたが、途中の道路は数ヶ所持ち上がっており、のろのろ運転。会社では機材が動いてしまい、断水状態。インターネット環境もだめ、電話も繋がらず、社員を一度中庭に集めて、怪我人がいないことを確認してから家に返し、社長室内で散乱した書類を片付けてから、車で町に出てみました。
崩落した建物、散乱するガラス、でこぼこの道路。火事こそありませんでしたが惨憺たる有様で、東北自動車道も通行禁止になり、宿をさがしましたがどこも休業。覚悟を決めて、東京へ一般道で戻ることにしました。
須賀川、白河と震度6強の地震に襲われたため、道路の状況が悪く、大渋滞というかのろのろ運転。すっかり日も暮れ、那須を越えるころには町が停電状態。そのまま小山市に入るまで、ずっと停電でした。こういってはなんですが、すばらしい星空が見えたのが唯一つの気休め。車の中ではずっとラジオをつけていて、刻一刻と拡がる被害状況に恐ろしさを感じつつ、結局夜が明けた頃に東京の北の果てにたどりつき、帰宅したのは午前8時頃。家内と再会を喜びあって、とりあえずコーヒーで一息つきました。14時間くらい運転していたことになります。
12日(土)は一日寝ていて、13日(日)は父の家で対策を話し合い、14日(月)からは練馬区の本社に出社して、情報の収集に努めていました。
福島の社員の中には家が半壊したものもおり、特に断水のため辛い状況のようです。工場の建物や敷地内での異常もいろいろわかってきました。
しかし、わが福島明工社の社員の士気は高く、地震から一週間閉鎖していた工場に、その間、何人もが集結し、少しずつではありますが、復旧に向けて調査と準備を進行しておりました。22日からほとんどの社員が出勤し、ポリタンクに水を汲んで、製造を再開しております。
私はその震災以降、ずっと東京本社でお客様に対応しながら、福島工場の復旧の指揮をとり、全国の社員向けメーリングリストや会社のホームページで復旧情報を更新したり、決算の準備をしたりしていました。
そして、ついに 東北自動車道が開通しました。なので、25日の朝早く東京を出発し、銀行や役所をまわり、復旧工事の見積りをとって、給料日の全体集会をやって、一泊し、26日の午後に東京へ帰ってきました。
実際に須賀川についてみたら、商店街が倒壊家屋撤去のために立ち入り禁止だったり、風評被害というか農作物の出荷停止で農家ががっくりきているとか(この地域の農作物は問題ないレベルなんですが)、ガソリンスタンドに向かって給油希望の車の列が2kmも3kmも並んでいるとか、まあ、いろいろでしたが、社員の士気は本当に高く、また明るかったのがとても嬉しかったです。
津波とは関係ない土地でしたが、震度6強はさすがに会社の土地建物にも大きな爪痕を残していて、まずは下水道の再敷設と縦横に走る亀裂の穴埋めを業者を交えて指示し、崩れかけている土手の修復工事の見積りを発注するところから仕事が始まりました。
山のようにお菓子を積んでいったのがバカ受けして、帰る頃にはいつもの空気に似た感じになったので、社長の仕事は安定を作ることだなあ、と自分で納得した次第です。30日からはまた、水・木・金と福島で過すことになります。
28日の定時取締役会で、福島明工社全社員個人に宛てて、災害見舞金を現金で用意し、私が持っていくことが決まりました。他に、4月の定期昇給の決定、また、家屋に損害があり緊急にまとまったお金が欲しい社員に対しての会社としての貸し付けも。25日はお菓子をもってのサンタクロースでしたが、30日はお金をかついでの石川五右衛門です(笑)。
被災者になってみての実感は、この2週間ばかりよくやってきたなあ、という感慨の他には、底なしの疲労感ばかりで(笑)、一昨日だったか、家内と、「地震の後、まだ一度も泣いてないなあ」と話したところでした。昨日、ゴッドハンドの異名を持つ南青山のカリスマ整体師に一ヶ月ぶりの予約でかかってきましたが、どこをどうしたらこんなにストレスがたまるんだ、といわれるくらい、身体ががちがちになっていて、ずいぶん苦労してました(笑)。
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